2008年08月18日

歴史の側面を知る

オリンピック中継の合間に他のチャンネルに移したら
いいドキュメンタリーをやっていた。

一つは「日中戦争と阿片」
もう一つは「ドイツの戦争被害自動への支援活動」である。

前者は日中戦争を経済面で支えていたのが、日本軍の阿片
の製造販売であったことの取材である。このような歴史の
重要な側面を知っている日本人はどれほどいるだろうか?
関係者が日本の恥部だとして口をつぐんできたことに対し
決して忘れられない中国人がいることを知るべきである。

もう一つの番組は正確なタイトルは忘れたが、アンゴラや
アフガニスタンで被災し重傷を負った子供たちをドイツの
施設が受け入れ治療し、ボランティアがリハビリに取り組
んでいるという話だ。これでどれだけ多くの子供が再起し
ているか、と思うと胸が熱くなった。日本もこうした取り
組みをしても良いはずと思ったのは自分だけではないだろう。

オリンピックの祭典に多くの人が浮かれている間に、こう
した番組を敢えて放映したテレビ局に敬意を表したい。

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2008年08月11日

北海道とアイヌ

夏の北海道行楽シーンのピークを迎えている。
札幌に2泊で出張してきたが、気温が30度を
越えても、風が吹き、実に爽やかな季候である。

長らくアイヌ民族が住んでいたこの地に、本州から
多くの人が移り住んだのは明治維新以来。

江戸時代には松前藩があってアイヌから様々な海産物
などの交易をしていた(搾取していたという見方も)。

北海道の地名にはアイヌ語が数多く残っている。
札幌、室蘭、苫小牧、富良野などもそうだし、
野辺地、竜飛、安比、比内など、青森秋田岩手
にある地名もそうだ。

ホッキ貝、シシャモ、ラッコ、トナカイなどもアイヌ語
である。

言語はイヌイットつまり、エスキモー語やアメリカ・
インディアン語に近く、アジアでは珍しい部類だという。

以前はアイヌ人の風貌からヨーロッパに近いのでは
という学説があったが、昨今の遺伝子研究によれば
大和人、アイヌ人、沖縄人は同じ遺伝子の部類にあり
起源を北アジアに持つのだという。

古代に東北地方が蝦夷と呼ばれた時代には、まだ数多く
住んでいたのだろう。縄文文化の担い手だったかもしれない。
そういういわば日本の先住民族の言語や文化が消滅の危機に
さらされている。

こういうマイノリティーの文化をしっかりと守り、継承
してゆくことに日本人はもっとまじめに取り組むべきで
はないだろうか。

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2008年08月01日

日本の古代史の謎

最近日本の歴史、特に古代史への興味がふつふつと
沸き起こっている。

天智天皇と天武天皇は兄弟ということになっているが
どうもそうではなく、天武は朝鮮半島からの渡来人で
ある可能性が高いようだ。

天智が自分の娘を4人も天武に嫁がせていることや、
前半生の記録が一切無いこと、あるいは天皇家の菩提
寺に祭られているのは、天智の後は天武を飛ばして
光仁天皇になっていること、などなど、疑惑の材料が
沢山ある。

当時の東アジア情勢からも、当時の日本は大きな影響
を受けている。中国の動乱期を隋⇒唐が統一し、朝鮮
半島に支配を及ぼそうとして、新羅と同盟し、高句麗
や百済を攻め、大和政権は百済を支援した。しかし
白村江の闘い以後、一方の新羅も唐との関係がこじれ
日本を抱き込もうと活発な外交を展開したようだ。

この間、百済の王族や将軍、新羅の王族などが日本に
亡命あるいは人質としてやってきている。天武はこの
時の新羅の王族であったとする説もある。藤原鎌足も
百済の王族であったとする説もある。

また小生の知人によれば、親戚の韓国情報機関の人の
話として、天武は唐との闘いに破れ日本に亡命した
高句麗の宰相兼将軍であったという。

いずれにしても、歴史の真実はどうも日本書紀の記載
どおりではなさそうだ。

邪馬台国はどこにあったのか?
邪馬台国は大和政権に滅ぼされたのか?
それは大和政権が近畿から九州に侵攻したのか?
それとも近畿地方内で征服したのか?
こういう謎は今も決定的な見方が出ていないのである。

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2007年07月02日

映画300(スリーハンドレッド)を観て

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映画300(スリーハンドレッド)を観た。
古代ギリシャ時代のスパルタとペルシャの闘いの物語。
300人の精鋭を率いたレオニダス王の闘志と戦い振りは
凄まじい。

CGを駆使した映像も見ごたえあり。色彩も見事だし、戦闘
シーンでの緩急をつけた映像の送り方は見事である。

しかしペルシャ側の兵士が、なんで仮面をつけているのか、
ペルシャのクセルクセス王が、なんで黒人っぽいのかが
よくわからなかったが・・・。

史実に基づいたストーリーであるから感動的なのであるが、
自由のために闘うとか、専制政治と闘うといったスローガン
は、何かアメリカの中東政策を後押しするような、あるいは
アメリカ人の独善的な価値観を押し出したような気がしたの
は小生だけだろうか?

ま、これを差し引いても、盾と槍と剣を駆使した格闘技と
して見れば、なかなか見事なものである。
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2007年06月18日

宮城谷昌光著「管仲」を読んで

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ひさしぶりに、宮城谷昌光の中国古代小説を読んだ。
「管仲」・・・中国春秋時代の斉の国の宰相の物語である。
中国で知らない人はいない程の歴史上の大人物であり、
後世の武将や政治家が目標・模範とした人物でもある。

鮑叔牙(ほうしゅく)との厚い友情は「管鮑(かんぽう)の
交わり」という言葉となって、長らく伝えられるところだ。
この熱いストーリーを読めば、どんな男でも感動すると思う。

ところどころで涙が溢れた。
お互いに相手を尊敬し、友のために国のために、自分の身を
引いてもという友情。そんな友が持てたらどんなに素晴らしい
だろうか。

そんな関係を作れる自分を造らなければならないと思う。

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2007年04月30日

義経の丘を歩いて・・・

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三連休を利用して、久々に故郷の八戸に帰省した。
一昨年母を亡くし、がらんとなった実家に荷物を下ろし、
療養中の父の施設に向かった。

途中、源義経ゆかりの小田(こだ)神社の前を通る。
この地に伝わる伝説では、義経は平泉を逃れてこの地に住み
鞍馬山から持ち帰った毘沙門天像と般若心経の写経をこの
神社に奉納したという。小田という地名は、義経が段々に
小さな田んぼを自ら開墾したことにちなんでいる。

この神社から坂道を上ると高館(たかだて)の丘。ここに館
を立てて住んだという。八戸の北側に位置し、八戸一帯を一望
できる場所であり、追手が来ればすぐに察知できる、守りに
適した場所である。

稀代の軍略家で抜群の戦功を立てながら、兄に疎まれ、一転
追われる身となった義経。どんな気持ちでここに住んだのだ
ろうかと想いを馳せる。

「このままで終わるものか・・・」
きっとそう心に誓ったに違いない。
これだけの英雄が近くにやってきて、一方地元民の心理はどんな
ものだったろうか?

ものめずらしさと、賞賛の目、何とか立ち直らせたい思い、
鎌倉政権から圧力が掛かったらどうするかという不安、
様々な想いに駆られたはずだ。

北へ北へと逃れる義経の悲痛な想いはいかばかりであったろう。
このとき夫人を連れていたと伝えられているが、静御前でない
ことは確かだ。じゃあ一体誰だ、そんなことまで考えてしまう。

高館に上った所には、海上・陸上自衛隊の基地がある。
真っ直ぐ行けば三沢に向かうが、右折して太平洋岸に向かうと
八太郎(はったろう)という場所があり、昔々その昔、
ヘブライ人が渡来した(漂流した)といわれる地だ。
キリストと名乗って内陸に入り、戸来(へらい)村に住んだ。

昔からその地には「ナニャドヤラ・・・・」という民謡があり
この一帯の盆踊りの一つ。この言葉は古代ヘブライ語と聞いて
いる。戸来にはキリストの墓というものもある。イエスキリスト
かどうかはともかく、ヘブライ人は来たのは間違いなかろう
というのが地元の常識となっている。

かれこれ40分も歩いて施設に到着。
良い運動になった。車が無ければ生活できない田舎の町を
あえて歩きに歩き、昔見た風景を思い出しながら散策するのも
乙なものである。

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2007年04月01日

沖縄の集団自決「軍強制」を修正

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文部科学省が発表した教科書検定で、沖縄戦の集団自決に関し、
「日本軍に強制された」という内容を修正する意見がついたと
いう。軍の命令があったとする資料と、否定する資料があること、
また元軍人が名誉毀損で訴訟していることを理由にしている。

これ以外にも、イラク戦争では、米英軍の「イラク侵攻」から
「イラク攻撃」に、自衛隊が派遣された時期も「戦時中」から
「主要な戦闘終結後も武力衝突が続く」に変わった。

沖縄の件については、軍の強制の事実を証言するものが多数ある
中で、このように修正させるのはいかがなものか?これでは
沖縄で犠牲になった人々が浮かばれないし、その遺族の心情を
傷つけるようなものである。

イラクについても政権の意向が反映されたとすると、国会で論議
の対象とすべきではないかと思う。

事実は事実として認める。悪かったことは悪かったと反省する。
歴史認識において、そういう態度を明確にしないというアジア
各国の人々の批判に対し、火に油を注ぐような話ではないか?
日本人の良識を問われる問題だと思う。


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2006年10月29日

アジアと日本

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経費削減のためしばらく購読を中止していた朝日新聞を
新聞店の営業努力に負けて再開した。
色々と批判もある新聞ではあるが、歴史や社会問題に対
する切り込み方は鋭いものがある。

金曜日27日の「歴史と向き合う対談」は非常に勉強になった。
「大東亜共栄圏とは何だったのか」というタイトルで、
慶応の倉沢教授と京大の山室教授の対談である。

太平洋戦争は、日本陸軍の謀略による満州事変に端を発して
中国のみならず、東南アジアに侵略していくわけだが、
「アジアを開放するためだった」というような正当化する
意見への反論が明確に述べられている。

大局的には、欧米諸国がそれまでの植民地政策と第一次大戦
の反省から、集団安全保障の考えから国際連盟を組織して
いった時期に、日本はこれと逆行して資源確保のためにアジア
に突き進んでいった。

民族協和とは民族自決を防止するための方便だっと思われる。
現に「アジアを開放するため」ということは宣戦布告でも
述べていない。

米と労働力も搾取し、タイ・ビルマ間の軍用鉄道に駆り出した
英国人捕虜や現地の人々20万人のうち、数万人を死なせている。
こういう事実を我々はちゃんと知っておかねばならないと思う。

戦後のアジア各国への補償にあたり、国会論議では反対が強
かったという。フィリピンやインドネシアとは直接戦争をして
いないではないかという主張で、これに対する反論も、いや
ここで払っておけば投資になるし市場獲得につながるという
論調が強かったというから、日本は精神的にどこまで反省して
いるのか、アジアの国々の多くの人々に与えた苦難を本当に
痛みとして思っているのかと思われても仕方ないのではないだ
ろうか?

そう考えさせられる記事であった。
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2006年05月23日

秀吉の枷

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加藤廣著の「秀吉の枷」上・下巻を読み終えた。

本能寺の変の真相に迫る新説。
信長の遺骸が見つからなかったのは、そういうことだったのか、
中国大返しは、だからあのように鮮やかに実現したのか、と
歴史の異変が妙につじつまが合ってくる。
作者の大胆な仮説から推理していったのだろうか?。

秀吉の心理が刻々と変化してゆく様を描いているのも見事である。

それにしても権力者のわがままというか、欲望を通すために
引き起こされた朝鮮出兵や秀次はじめ身内の惨殺という出来事が
起きたことは、なんとも悲しく、二度とこのようなおぞましい
おろかなことは起こしてはならないと感じる。

順序が逆になったが、次は「信長の棺」を読んでみたい。
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